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ソーラル・サーガ あらすじ

『天命を絶つ』は『ソーラル・サーガ』に改題したことをご報告します。
主軸はシオンだけど、叙事詩的な雰囲気になりそうなので。
ハインツ、王、ルート、モニカ、レオン、エルも主役級とか主人公格ってポジションです。
群像劇的な大河ファンタジー的な、そんな大きなものに成長すると祈りつつ。

来週にでも投稿する予定なので、本編部分がバッサリブログから削除されております。
「どんな話?」って気になる方がいたらアレだというわけで、ざっくりあらすじを掲載します。


青い髪に赤い瞳を持つ少女は傭兵として戦場で生き続けてきた。
しかしひょんなことからソーラルで暮らすこととなる。
シオンと名付けられた少女は、何もかもが少しおかしなソーラルの人々と触れ合ううちに「優しい」や「楽しい」といった感情を覚えていく。
特に自分に名前を付けてくれた少年騎士のハインツに対しては特別な感情を抱いていた。

だが、そんな幸福な日々も唐突に終わる。
シオンは神にあらかじめ与えられた天命を無意識のうちに断ち切る存在であり、彼女がいることでソーラルの予定調和を崩す原因となっている。
神はソーラルに干ばつや豪雨などの天災で警告を促してきたが、シオンを大事な仲間として守ろうとする王は黙殺を続けた。
神に使われた天使は、最後通告を行う。
国民全員を守りシオンを切り捨てるか、シオンひとりのためだけに国民を切り捨てるか。

シオンは自分に優しくしてくれたソーラルに感謝し、ソーラルの人々を傷つけないためにも一人王国を出ようとするが、ハインツは止める。
シオンも国も全部守るから、と。
シオンは自分のためではなくソーラルのため、剣を握り天に抗う。

死闘の果てに天使を殺し、ソーラルは天に抗い続ける道を選ぶ。
たとえそれが茨の道だとしても。

シオンはソーラルを守るため、自分を大事にしてくれるハインツのため、騎士隣戦い続ける。


とまぁざっくりこんなもんかな?
以上の点を理解できれば短編のほうは読めると思います。
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Bloody xxx Strawberry 第三話 What is this feeling?

 眠い。頭がぼーっとする。居眠りで落馬して事故死してもおかしくない。
 それもこれもシオンのせい。彼女が自分を抱き締めて眠りさえしなければ、今こんなにも眠たくはなかったはずなのに。
 ――無駄に意識してしまうっつーの!
 ハインツは自分の前で馬を走らせるシオンの背から視線を逸らすことができない。今朝からずっとシオンのことを考えると、余計な方向に暴走している。
 ――こいつ、もしかしてオレに気があるのかな? にしては向こうの態度は……。
 至って普通である。彼女は相変わらず昨日のことを悪びれる様子も、恥じらいも見せない。
 ――ってなんかオレがシオンに気があるみたいな感じじゃねーか!
 ハインツの顔に血がのぼる。余計にふらふらして、馬に乗っているのもままならないような状態だ。
 ――シオンは美人だしスタイルもいいから、ああいうことされると本能的に興奮しちゃうのかもな、うん。……でもオレとシオンじゃ絶対釣り合わねーなぁ。
 ハインツの顔はどちらかというと童顔なほうで、年齢のわりに幼く見えたり頼りない印象を受けることが多々ある。華やかな美貌と抜群のプロポーション、そして最も特徴的なサファイアの髪とルビーの瞳の彼女に見合う外見の男性は、ルートヴィヒのような美太夫かソーラル王のような猛々しい肉食系だとハインツは思う。絶対自分ではない。
 ――オレ、何考えてるんだよ! 
 全部全部シオンのせい。ハインツの心を無意識に掻き乱すシオンのせい。
 だからといって、彼女のことを嫌いになることなんかないが。嫌いになんかなれない。
「おーい、ハインツ~。ちゃんとついてきてるか~?」
 シオンは振り返り、かなり後方にいるハインツがちゃんとついてきてるか確認をとる。
 彼女の切れ長の大きな赤い赤い瞳に捉えられ、ハインツの胸はどくん、と跳ねあがる。
「なにか返事しろ」
 彼女のぶっきらぼうな声も、なんだか可愛げのあるものに思えてくる。ハインツは自分の頭がいよいよおかしいものになった、と疑わずにはいられなかった。
「ハ、イ、ン、ツ!」
「は……はいっ! ど、どうかしたか」
「どうかしてるのはおまえのほうだろう」
 シオンは呆れたようにため息をついた。
「後にも先にも森ばかりでつまんない。人間も魔獣もない。だからおまえと話でもしようと思ったのだが」
 ハインツは自分でも元気すぎる声で「おう!」と返事した。
 ――ううっ、なんだよオレ。うれしいみたいじゃねーか。
 シオンはハインツが来るのを待って話し掛けた。
「どうした、顔が赤いぞ? 特に目が」
 ――お前のせいだよ! 人の気持ちも知らずに……。
「やはり寒空のなか野宿は少しきつかったようだな。多少の魔法で身体が温かかったとはいえ、術者の意識がなくなれば効力を失う」
「……人を抱き枕にしといて、それでも寒いとかどの口が言ってるんだよ」
 「いや、誰かに寄り添うと温かいぞ。事実おまえも温かかった」と、シオンは悪びれることなく言う。
「――シオン」
「どうした」
「今回の旅の同行者がオレではなく、別のヤツでも寝るときに抱きつくのか?」
「なんだ、急に」
「笑いごとじゃねぇって!」
 けらけら笑うシオンをハインツは一喝する。ハインツは真剣な表情でたずねる。
「なぁ、どうなんだ?」
「そうだな……。おまえだけだな」
 ――マ、マジ?
 ハインツの表情は心なしか明るくなった。
「ハインツはわたしの嫌がることをしないから安心できる」
 シオンは穏やかな笑みを浮かべて言った。笑うとかわいいなー、とハインツはごくりと唾を飲み込んだ。
「でもさ、それはシオンの単なる思い違いかもしれないぜ? オレもお前を見ていて、いろんなことを考えないでもないから……」
「次に何を賭けて戦おうかとか、そういうことか?」
「ちっがーう!」
 ――あーっ! なんだよ、こいつ。やっぱり何もわかっちゃいねぇ! オレの気持ちなんか。
 ハインツはシオンを抜いて森を走り抜ける。ベートーベンとは仲良くなったから言うことを聞いてくれる。
「おい、ハインツ」
「もうお前なんか知らねー! お前、絶対オレを勘違いさせようとしてる。それともそれはお前の策略か?」
「何言ってるんだ? わたしは別に……」
 ――こいつ、絶対に何もわかってない。オレの気持ちなんか。オレ、少しずつお前のこと、シオンのことを…………。
 今までとは違う目で見ようとしている。
 気の合う友達でも、最高のライバルでもない。
 もっと、もっと何かが違う。もっと、根本的に。

Bloody xxx Strawberry 第二話 The animals can speak .

 粉雪が舞い散る冬空のなかシオンとハインツは馬を駆って遥か北東のフェーエンベルガー城へと向かっていた。王都を出て数時間、集落らしきものはなく針葉樹林が生い茂る森と間を流れる雄大な川しか視界には映らない。
 シオンは退屈そうにハインツに話しかける。
「ハインツ、フェーエンベルガー城はまだか」
「まだに決まってるだろ」
「あとどれくらいかかる?」
「十日はかかるんじゃねーか」
「十日?」
 シオンは呆れたように訊き返す。
「十日も馬にまたがるだけの退屈な旅を続けろというのか! 魔法で一瞬のうちに城まで行けないのか?」
「確かにできなくはないけど……、瞬間移動魔法が使える国家魔道士は一人だけだから」
「じゃあそいつに頼めばいいだけの話だろ!」
「残念ながらその魔道士はいま、育児休暇中らしくて」
 ハインツはため息をついた。
「オレもできることなら瞬間移動したかったよ。――だって」
 ハインツの乗る黒馬――ベートーベンは、彼の言うことをまったく聞かない。違う方向に曲がるし、爆走するし、止まれと言っても止まらない。手綱はあってないようなものだ。
「おい、ベートーベン! なんで急に止まるんだよ!」
 何度ベートーベンの身体に鞭打っても、そっぽを向いて鼻で嗤っているだけだ。
「ハインツ?」
 シオンが振り返ると、ハインツは言うことを聞かない馬相手に悪戦苦闘している。
「ベートーベン、疲れたのか? ――そうだな。何時間も走りっぱなしだったからな」
 シオンは白馬のモーツァルトから飛び降り、ハインツに向き直った。
「ハインツ、こいつはもう休みたいようだ」
 ハインツはきょとんとしたままだった。
「わたしたちも食事にしよう」
「シオン」
「なんだ?」
「お前……馬と話せるのか?」
 ハインツがあまりにも真顔でそう尋ねたために、シオンは大声でけらけらと笑いはじめた。
「何が面白いんだよ!」
 頬を膨らませて怒るハインツが、シオンには余計におかしく感じられた。
「いくらこのわたしでも獣の言葉を理解できないぞ! こいつの顔を見て、なんとなくそう思っただけだ」と言いながら、シオンはベートーベンの首を撫でる。ベートーベンは気持ちよさそうに大きな両目を閉じている。
「なんとなく、か……」
「人間は見せかけの表情や言葉で嘘を平気につく。それは本当なのか、偽りなのか判断できないことのほうが多い」
 これにはハインツも同感だった。自分も子ども時代に多くの人間に騙されてきたため、彼女の気持ちはよくわかる。
「だが獣は違う。獣は単純な生き物だ、本能のみで生きているからな」
「わたしも人ではなく、獣として生まれたかった」と、シオンは口から零した。
「シオンは人間だからいいんだよ」
「は?」
 ルビーの目を丸くするシオンに、「シオンがもしも人間じゃなかったら、言葉が通じねぇだろ」とハインツは言った。
 ハインツは真摯な表情を向けられ、シオンは息を飲んだ。
「確かに人間は上辺だけの言葉や表情を作ることもあるけど、それでも言葉じゃないと正確な意思疎通はできない。大体なんか嫌だ、お前のことちゃんとわかっときたいから」
 ハインツが言い終えると同時に、シオンは僅かに口元を緩めた。
「おまえはわたしのことを誰よりも理解できているだろうに、これ以上何を知りたい?」
「できてないから言ってるんだろーが」
 ハインツの顔が真っ赤になっていることに当の本人もシオンも気づかなかったのは、日が傾いていたためである。
 シオンとハインツは焚火のために乾いた枝を探したが、生憎の雪のせいでどれもこれも水分を含んでいた。ソーラルの冬は厳しいので冬場の最高気温でも氷点下になることが多い。夜から朝方にかけて気温はさらに下がる。
「去年の夏はあれほど暑かったのに、まるで嘘のようだな」
 シオンはふと呟いた。昨年の夏、神仏は《天命を絶つ者》のシオンをソーラルに置くとひどいことになるぞ、という見せしめのためにソーラル全土を灼熱地獄にして大勢の国民を苦しめた。優秀な国家魔道士たちの手によって人工の雨を降らせることに成功したものの、今度は天使の干渉のせいで半月以上も止むことはなく水害で猛暑のときよりもさらに多くの国民が命を落とし、農作物のほとんどを無駄にした。
 国家それ自体が神に与えられた天命を絶ち切ると宣言し、数多くの代償を払って天使を殺したことで事態は一応の収拾を見せたがそれでも完全に解決したわけではない。いつかまた、神仏の類がソーラルを潰しにかかる可能性も否定できない。いや、近い将来神仏が自ら舵を切ったソーラルを必ず潰しに来ると考えたほうがよいかもしれない。
「全てを焼き尽くせ」
 ハインツが呟くと、シオンの冷えた身体は指の先までじんわり温まっていく。
「ありがとう。――それにしても」
「ん?」
「おまえのその呪文みたいなの、『焦がせ』だの『焼き尽くせ』だの言ってるわりにはしょぼいよな」
「うるさい!」
 ハインツは噛みついた。
「あまり言うならもうお前には使ってやらねーぞ」
「別におまえの魔法がしょぼいと言っているわけではない」
 励ますつもりでシオンは言ったつもりだったが、逆効果だった。ハインツの胸に突き刺さり、狼狽えた様子である。シオンは慌てて「お、おまえの魔法には助かっている! げ……現におまえの魔法がソーラルを救ったではないか! レオンが言っていたぞ。『ハインツが本気を出せば大魔道士にもなれるほどの才能がある』と」と、フォローを入れた。
 だがその言葉はハインツを余計に滅入らせた。
「確かに本気を出して何か月も魔法の勉強をやってるけど、――まったく身になってねぇ」
 ハインツはぼそりと呟く。
「なぜだ? モニカにでも惚れたのか?」
「んなわけねぇだろ! 小難しい理論やら長ったらしい詠唱文がまったく頭に入んねーんだよっ!」
 ハインツが突然発狂したので、シオンは拍子抜けしてしまった。
「どいつもこいつも『覚えろ』だの『やる気を出せ』だの言うけど、難しいんだよ! 覚えたところで今度は発音だ。古代ルーン語なんか発音できるわけねぇだろ!」
「落ち着けハインツ、これでも食え」
 シオンはカバンの中からソーセージを取り出し、ハインツに差し出した。ソーセージを受け取るとハインツは無言でかぶりつく。見るからに、かなり機嫌が悪そうだ。シオンも自分の分を取り出し、ひと口かじった。ソーセージはすっかり冷え切っており、いつものように肉汁が溢れ出ることはなかった。
「――ハインツのお陰で温かいぞ」
 シオンは穏やかな視線をハインツに投げかけた。
「これがもしも一人旅だったなら、どうやって寒さを凌ごうか思案に暮れていたところだった。生憎、わたしには魔法は使えないからな」
 これがシオンなりの精一杯の褒め言葉であると受け止めると、ハインツの顔は自然とほころんだ。
「宮廷魔道士の一人が言っていた。『魔法は簡単に身に付くものではない』と。剣のように時間をかけて鍛錬するもののようだ。時間をじっくりかけてものにすればいい」
「……そうだな。そういえば、シオン。さっきからずっと気になってたことなんだけどさ」
「どうした?」
 ハインツは身体を傾けてシオンの背中を見やる。
「今日はツヴァイヘンダーじゃなくって、弓を持ってきたんだな」
「ああ、大ぶりの剣は重くて馬の負担になるからな」
 シオンは腰のベルトに括り付けられた小ぶりの弓をハインツに見せた。
「とにかく、今のわたしは射程距離が伸びた分、矢が尽きれば戦うことができなくなるからハインツよ、よろしく」
「何が『ハインツよ、よろしく』だよ! 矢を乱射することだけは絶対やめろよな!」
 「保証はできない」としれっとした表情で言うシオンに、ハインツはため息をついた。
「何事もなく無事にフェーエンベルガー城へ行ければいいけど」
 自分たちの食事を終えると、ハインツは川の氷を溶かし二頭の馬に飲ませた。相当喉が渇いていたらしく、目を見張る速さで一気に飲んだ。腹を壊さないように水を温めたハインツの配慮には、ベートーベンも多少は見直したようだ。飲み終わった後、ベートーベンはハインツに甘えだし、彼の顔を舐めまわした。

 夜空は依然として曇ったままだった。この雲からまた雪が落ちてくると思っただけで、シオンの身体にはハインツの魔法がかかっているはずなのに背筋が凍りつきそうになった。
「ハインツ、起きているか?」
 毛布にくるまったシオンが隣のハインツに声をかける。
「ん?」
 ハインツは振り返る。シオンは寝転がることはなく、木にもたれかかって座ったままの姿勢だ。
「横になれよ。それとも眠れないのか?」
「眠れないのは確かだが――横になると魔獣に襲われたときに対処しづらくなる」
 シオンは低く掠れた声で返す。
「狼一頭でもまともに相手できないだろうがな」
「お前の異常なまでの危機管理意識は健在だな」
 くっくっく、と喉を立てて笑うハインツに「笑いごとじゃすまないんだぞ。おまえののその暢気な態度のほうがおかしい」とシオンは反論する。
「ハインツ。おまえ、さっき獣が言葉を話せたらいいのにと言ったな?」
「ああ、言ったけど……」
「もしも人間の言葉が話せる獣が暮らす国があれば、おまえなら行ってみたいと思うか」
「そりゃ行ってみてぇよ。でもそんなおとぎ話みたいな国はあるわけねーだろ」
「実はあった」
 ハインツは「は?」と眉根を寄せた。
「猿や犬、鼠、馬、豚からペガサスやグリフォンのような魔獣、幻獣、聖獣に至るまですべての獣が人間の言葉を介する国にわたしは行ったことがある」
「マジかよ! そんな夢みたいな国がどこにあるんだよ!」
 ハインツは飛び起きて話に食いついた。
「北か? 南か? 西か? 東か?」
 ハインツのきらきら輝く目は、暗い闇夜の中でもよくわかった。
「オレもその国の動物に会ってみたい!」
「――ハインツ、確かにあの国の獣は人の言葉が話せるが、サニエット語ではなく奏語だ」
 シオンの冷静な一言にハインツは目を覚ました。
「あ……」
「それにあの国には人の言葉が話せる獣は、決して良いものではない」
 シオンは低い声で続ける。
「あの国の名前は――そう、アスランと呼ばれていたな。獣が人間と同じ文化を有し、労働や勉学に励んでいた。国家は三人の人間の兄弟が共同統治していた。
あの国に入ったとき、わたしは空腹で今にも死にそうだった。幸運なことに、そこは豊富な食料に恵まれていた」
「牛とか豚か?」
 ハインツの問いにシオンは無言で頷いた。
「屠畜……したのか」
 シオンはもう一度頷いた。
「丸々太った子豚だった。わたしは焼いて食おうとしているのに、向こうはわたしと遊んでくれるものだと信じて疑わなかった。剣を抜いたとき、さすがにわたしの思考がわかったらしい。最後まで『お願い、殺さないで。僕を食べないで』と、涙を流して命乞いをしていた。
 結局、わたしは子豚の声を無視して胴を叩き切った。子豚の断末魔はまるで人間のような、生々しいものだった」
「――で、食べたのか?」
「ああ」
 シオンは短く言った。
「丸焼きにした。脂身の多い柔らかい肉だった。いつもならおいしいと感じられるのに、あのときはあまりおいしいものだと思えなかった」
 ハインツは「そうか」と、相槌を打つことしかできなかった。動物が人間の言葉を話す国のイメージは、シオンが語る現実で一気にシビアなものへと変わった。しかしそれでも、ハインツはシオンの言葉に耳を傾ける。
「元傭兵のこのわたしには人間を殺すことに、もはや抵抗など感じない。向こうはどう足掻こうが泣き叫ぼうが、自分の中でシャットアウトできる」
「――だけど動物の場合は違ったんだな。それも、獲物の場合は」
「咀嚼する度に子豚の声が聞こえてくるような気がした。こっちは生きるためにやったことだ、といくら自分に言い聞かせても罪悪感は消えなかった。
 子豚が食われたと聞いて、今度は親豚や兄弟、親戚たちがわたしのもとへやって来た。やつらはわたしに憎しみと非難の表情を向け、こう言った。『なぜ子豚を殺したんだ? 牛や鳥もいただろうに、なぜよりにもよってうちの子を殺したんだ?』と」
 なんだか人間のようだな、とハインツは思った。ほとんどの場合、殺人事件の被害者の遺族は加害者に「なぜうちの子を殺したのですか」と訊く。特に被害者と加害者の間に面識がない場合は。うちの子の代わりに別の子が死ねばよかったのに、と書き綴った被害者の母親の手記をハインツは以前雑誌の記事で読んだことがある。
「わたしは腹が減っていたから、たまたま目の前にいた子豚を殺して食べただけだった」
「でも、生き物なんだから生き物の命をもらわないと生きていけないよな。子豚の家族には悪いけど、シオンが生きていくためには仕方がないことだったんじゃないか? 豚のほうも草とか藁とか、別の生き物の命を奪ってるだろうしその国のほかの動物もそうやって生き物の命で生きているんじゃねぇのか」
 「身勝手だけど、そうしなきゃ生きていけないんだ。生き物は」と、ハインツはシオンの頭にぽんと手を置く。
「お前は優しいな。ありがとう、ハインツ」
 シオンはうれしさと寒さで頬を染めながら言った。
「アスランの国の獣たちは、みな人の言葉を介する。種族は違うのに、一つの共同体を形成しているが食物連鎖もある。それだけに誰が殺したとか、殺されたという言葉が日常的に聞こえる、怨嗟と憎悪の渦巻いた空間だった」
「全然夢のような国じゃねーじゃん」
 これがハインツの率直な感想だった。
「もっと、こう……メルヘンな国を想像してた。ずぇったい行きたくない!」
 「それにしても」と、ハインツはシオンの名前を呼びかける。
「豚に面と向かって怨み言を言われたわりに、いつもよく平気で食ってるよな。オレなら絶対トラウマになるよ」
「確かにあれからしばらくの間、獣の肉を食べることに抵抗を感じることも多々あった。――だが好き嫌いなど言っていられない。そこに獣の肉しかないのならば、獣の肉を食べなければ飢えて死ぬだけだからな」
 「人間を殺すのにはまったく躊躇いなど感じないが、食べるために獣を絞めるのは今でも少し苦手だ」と、シオンは渋面を浮かべる。
「あー、寝る前にこわい話されたから眠れなくなった」
 ハインツは毛布を自分の身体に寄せる。
「それならもう少し私の話に付き合え」
 シオンのこわい話はもう少し続きそうだ、とハインツは今夜眠れないことを覚悟した。
「なぁ。アスランの国の話、全部過去形だけど今はもうないのか?」
「勘がいいな、ハインツ。そうだ」
 ハインツは恐る恐るシオンにたずねてみる。
「シオンが、滅ぼしたのか?」
 そうだ、と答えると思っていたがシオンはハインツの想像を裏切る返答をした。
「いや。三人の兄弟王も人間も獣も、アスラン人全員が自害した。わたしの目の前で」
 「そもそも弱肉強食の関係にある獣たちが手を取り合おうとして生きること自体、無理があったのかもしれない」と、シオンはまた語り始めた。
「わたしが訪れたころには、アスランの国家そのものが既に傾きつつあった。弱肉強食の関係にあるのに、国家は『みんな仲良く』ときれいごとを並べていた。肉食獣は肉、つまり獣を食べなければ生きていけない。虎は兎を友達としてではなく、餌としか考えることができない。理性で押さえつけることはできない、それが獣の本能だから。
 この実態を、王たちは見て見ぬふりをしていたらしく獣同士の怨嗟は長い年月をかけて徐々に増大していったようだ。食われる側の獣が隣国と密通し、アスランを滅ぼそうと画策した。
 やがて両者の間に戦争が始まった。人間のみの隣国軍と人間と武装した獣たちによるアスラン軍では、明らかに後者のほうが優勢かのように見えた。だが、アスランの獣たちの士気はそれほど高くはなかったから、アスラン領は次々と制圧されていった」
「で、負けが見えたから自害したのか」
 「にしてもおかしくないか?」と、ハインツは言った。
「アスラン人が全員自害だなんて。死ぬんだぜ? お前みたいにこわくなって、結局生き残ってしまうヤツも何人かいるだろ」
 シオンは別にこわくて泣いたわけではない、とそっぽを向いた。
「おいおい、そんなに怒ることもないだろ。お前が生きていてくれるから、今こうして一緒にいられるんだしさ」
 ハインツの声も表情も至って平静だったが、心の中ではって、おい! オレ、何言ってるんだよ。つうか、何が言いたいんだよ! と、じゅうぶん動揺していた。
「アスランの国の者たちはわたしのような臆病者ではなかったのかもな」
 シオンの言葉が自嘲のように聞こえ、ハインツは何か取り繕おうとしたが何を言おうとも墓穴を掘る結果になりそうだったのでこれ以上何も言えなかった。
 しかしシオンは別に気にしていなかったようで話を続ける。
「三人の兄弟王は、死はこわいものではない、と言った。また『この国は真のアスランの国ではない』とも。『この国は仮のアスランであり、真のアスランの国は死の先にある』と、全ての人間や獣たちに死が決して怖いものではないと言い聞かせ民へ総心中を呼びかけた。そして、国民全員による大規模な心中は実行された」
「ある意味こわいぞ、それ。王様を少しも疑うことはないのか? いくらなんでも信じすぎだろ。言ってることがおかしいって、ふつうわかるって」
「これが洗脳の恐ろしさだ」
 「……え?」と、ハインツは首を傾げる。
「アスランの民にとって、王は神のようなものだったのだろう。特定の宗教を熱心に信じる者にとっては、神の言葉は絶対だ。『あいつを殺せ』と言われれば殺すし、『死ね』と言われれば死ぬ――そういうものだ」
 ハインツは幼少期の大地震で家族全員を失い孤児になった日から、神に縋ろうと思わなくなった。モニカから神は実在することは聞かされており、その存在自体を否定したことはないが嫌いである。シオンが神々の予定調和を狂わせる《天命を絶つ者》であり、神がシオンを憎んでいると知ってから神への嫌悪感は今まで以上に激しいものとなっている。だからハインツには、神の言葉を強く、そして純粋に信じられる人の気持ちが理解できない。
「アスランの国を滅ぼしたのは、隣国軍ではなくアスランの国民自身だ」
「シオンはそのとき、隣国軍にいたのか?」
「いや、たまたまアスランに迷い込んだだけで、あくまでも傍観者に過ぎない」
「すごいものを見てたんだな」
 シオンはしれっとした様子で「まあな」と言った。
「馬が言葉を話せたら、手綱を引くのも少しは楽になるかなーって思ったけど、馬は馬のままでいいのかもな」
 ハインツは隣で丸まっている黒い馬の寝顔を見た。
「って、なんかどこかの寓話の教訓っぽいけど」と、ハインツは笑った。
「国家元首には国民が統治権を与えてやってるだけで、元首が民意に反した場合は権力を取り上げなければならない。だから国民は国家元首をやや批判的な目で見て、監視する必要がある」
「でもシオンの場合、国王陛下を暴行しているようにしか見えねーんだけど」
「ハインツも王の股間を蹴ってみるか? 顔が青くなって、悶えるんだぞ。あいつ」
 「蹴らない」と、ハインツはきっぱり断った。
「蹴られたら痛いんだぞ! お前、わかってるのか」
「わたしは女だからわからない」
 ハインツは大きなため息をついた。
「とにかく、陛下の股間を蹴るな! ほかの部分はどうしようとも構わねーけど」
 シオンは何も返さず、黙りこくっていた。ハインツはよし、少しは反省したようだな、と思った。しかし、自分の言ったことに後悔するのはそう遅くはなかった。
「……じゃあ、もう一個の目玉を抉り取る」
「だめ! 絶対だめ!」
「なぜ?」
「お前には倫理観ってものがねぇのかよ!」
「…………じゃあ訊くが、このわたしに倫理観の欠片が少しでもあるように見えるか?」
 ハインツはこれ以上何も言えなかった。
「ううっ、お前の過激な話を聞いてたら背筋が凍って眠れなくなった。……寒ぃ」
「あほか」
 シオンは吐き捨てる。
「シオンのせいだっつうの! ……おい」
 ハインツの身体に重いものが覆いかぶさる。
「シオン?」
 シオンはハインツの首に両腕を回し、無抵抗な彼を押し倒した。
 耳元ではシオンの規則正しい呼吸の音が聞こえる。ハインツの心拍数は上がり、どぎまぎしているのがシオンに伝わらないか不安になった。
「寒いんだろ? わたしの体温を分けてやる」
「おい! シオン、お前……自分がやってること、わかってるのか」
 より強く抱き締められ、ハインツの身体にシオンの丸い胸が当たる。
「こうしていると、少しは温かいだろ」
「返答になってないって!」
 前にシオンを抱き締めてやったことがあるが、今ほど動揺したことはなかった。自分からではなく、向こうから抱きついてきたからだろうか。
「年頃の女の子なんだから、少しは恥じらいとか見せろ!」
「意味が分からない」
 ハインツには『意味が分からない』というシオンの意味がわからなかった。シオンの腕の中でじたばた暴れるが、シオンの力はハインツよりも勝っているので抵抗できない。
「年頃の男子にこんなことをして、済むと思うなよ!」
「――『こんなこと』とはどういうことだ?」
 口で説明するのが恥ずかしかったので、ハインツは口をつぐんだ。それにシオンと寄り添っていると、確かに温かい。
「アスランの人たちの言う真のアスランって、天国のことかな?」
 ハインツはシオンの耳朶に声を落とす。
「さあな。天国や地獄が――死後の世界が本当にあるのか、わたしにはわからない」
「オレにもわかんねーよ」
 ハインツは楽しそうに笑う。
「でもオレたち、神に散々楯突いておまけに天使を殺したから行くとしたら地獄だろうな」
「だな。……でも」
 シオンは一度言葉を切ってから、ハインツの目を見て言った。
「別にこわくない。おまえも一緒だから」
 オレもこわくねぇよ、とハインツは言おうとしたがシオンは既に寝息を立てていた。いつも険しい表情を見せる彼女には少し不釣り合いな、穏やかな寝顔だった。
 ハインツは寝ているシオンの髪をそっと撫でた。まったく反応しないで気持ちよさそうに眠っているのが腹立たしくなった。
 ――いくら友達だからといって、少しは節度を持てよ!
 シオンの背中を抱き締めてみた。苦しくなって飛び起きればいいと思ったが、逆に自分自身の胸を苦しくするだけだった。
 ――ん? 寒空の中、友達同士が抱き合って寝るとかふつうするのか?
 レオンもルートヴィヒもヨハンもグンテルもするはずがない。モニカも絶対にしない。姫の場合は「ふしだらな! アタクシは一点の穢れなき高尚な乙女ですのよ!」と言うはずだ。
 ――あれ? じゃあ、これって恋人同士とかならすることか?
 でもハインツはほかの騎士たちや、好色のレオンとは違い恋とか恋愛の経験はない。そもそも元の身分が孤児で、金もなければ見とれられるほどの容姿もない。第一、表面ばかり着飾って自分のことを野良黒騎士などと陰で呼ぶような城の貴婦人と仲良くなりたいとは思わない。
 ――っていうかオレ、何考えてるんだよ! シオンは仲間で、ライバルで、友達だろ?なんか余計なこと考えてねぇか?
 頭の隅にぼんやり浮かぶ言葉を、ハインツは振り払おうとする。
 腕の中のシオンのことで様々な思考が堂々巡りになるが、解決の糸口は見つからず結局一睡もできないまま朝を迎えた。

Bloody xxx Strawberry 第一話 Let’s go far far away!

「王のやつ急に呼び出しやがって、何の用だよ」
 お揃いの赤い制服を着たハインツとシオンは、王の執務室へと向かおうとしている。
「今日は休みだったのに」
「急な仕事みたいだから仕方がねぇだろ」
「雑務は他の連中に任せろよ。わたしは強い敵の殲滅専門だ」
「……それ、いつ誰が決めたんだよ」
「今わたしが決めた」
 間髪入れずに言うシオンに、ハインツは何も返す言葉が見つからなかった。
「雑魚くらいは今の騎士団のレベルでも十分倒せるだろう」
「もしかしたら、オレたちじゃねぇと倒せないような魔獣退治かもしれないぜ」
「おおっ! それならこのシオンに任せろ。首を洗って待ってろ、魔獣ども」
 まだ詳しい任務の内容もわかってないのに、とハインツは苦笑した。
「来たか」
 執務室に入ると、市民が着るのとさほど変わらない服を纏ったソーラル王が、デスクで待ち構えていた。
「来てやったぞ」
 シオンはあからさまに不機嫌な表情を王に向ける。
「貴重な貴重な休日をぶっ壊しやがって、何のつもりだ」
 シオンがデスクを蹴った拍子にランプが倒れて王の脳天を直撃する。
「あだっ! モノに当たるなよ!」
 涙目で頭をさする王に「おまえの辛うじて残ったほうの目玉を抉られるよりはましだろ」と、シオンは事もなげに言う。
「確かにそうだが――」
「どちらにしても、シオンの陛下を舐めた態度は間違っていますって!」
 ハインツはすかさず突っ込みを入れる。
「この愚王に尊敬できるところがひとつでもあるか?」
 シオンは王を指さしてハインツにたずねる。
「国民と左目を失ってまで自分を守ってくれた恩人に対して言うことかよ、それ!」
「そういえばそうだったな」
「っておい!」
「まあまあ二人とも、とにかく俺の話を聞け」
 シオンとハインツは王の正面に向き直る。
「――ソーラルの双璧のオレたちを呼んだってことは、よっぽど大事な話なんですよね?」
 王は無言でハインツの目を見た。王のまっすぐ射抜くようなその視線から察するに、どうやら当たっているらしい。
「で、わたしたちは何をすればいい?」
「ハインツ、シオン、お前たちには今すぐフェーエンベルガー城に行ってもらいたい」
「ふぇーえんべるがー?」
 シオンは首を傾げる。
「ここから北東にある城だよ。大貴族のライスター公爵家が住んでる」
 ハインツが説明する。
「ソーラルの貴族の中でも三本の指に入るくらい大金持ちで、資産なら王家よりもたぶん多い」
「ふーん」
「で、その大金持ちの大貴族とやらの家に、下っ端騎士のわたしたちは何しに行けばいい?」と、シオンは話題を戻す。
「それがな、ただ『公爵家直属の騎士団ではどうしても太刀打ちできないから、ソーラル騎士団で最も腕の立つ騎士を少しの間だけ貸してくれ』と手紙に書いてあるだけで、詳しいことは俺にもわからないんだ」
 王はデスクの引出しから羊皮紙で書かれたライスター公爵の手紙を取り出し、シオンとハインツに見せる。
「おおっ、読めるぞ! 確かにそう書いてある」
 シオンは手紙を独り占めしてハインツに見せようとはしない。
「ハインツ、読めるぞ!」
 シオンはルビーの瞳を輝かせる。
「すごいすごい! 読める!」
 文字が読める喜びに興奮するシオンを、ハインツは笑顔で見つめていた。
「――シオンに文字を教えたのはハインツ、おまえか?」
「はい」
「たった二か月でサニエット語の読み書きができるようになったのは、ハインツの教え方がうまいからだな」
 王は右目を細める。
「いいえ、シオンが覚えるのが早いだけです」
 ハインツは照れくさそうに、赤みがかったブラウンの髪を掻いた。
「王、わたしは文字が読めるようになったぞ!」
 きらきら輝くルビーの視線を向けるシオンに、王は「よかったな」と微笑んだ。
 手紙を何度も何度も読み返しては、シオンはうれしそうに笑う。
「……シオン、その手紙はお前にあげるからいい加減俺の話を聞こうか」
 シオンの耳には届いていないことがわかった王は、ハインツにだけ伝える。
「今すぐ出発の準備をしてシオンと公爵のところへ行け」
「あ、あのっ」
「どうした?」
 ハインツは視線を宙に彷徨わせながら、「うちから最も腕の立つ騎士を派遣するのはいいとして、……どうしてオレとシオンの両方を」とたずねる。
「向こうはオレたちを殺して、ソーラル騎士団の戦力を削ぐのが目的かもしれませんよ。それにオレとシオンの両方が留守にしている間に、敵がやってきた場合はどうなるんですか?」
「ハインツ、少しは論理的な考え方ができるようになったな」
 感心する王に、「もしもシオンだったら、こう言うだろうな……って」と照れ交じりにハインツは言った。
「シオンは殺られるよりも殺れの性分だから、もしも仮に殺られそうになっても大丈夫だろう。シオンが危なくなっても、お前がいるからな。城のほうは俺が守る」
「王よ、おまえは片目が見えないというハンデを背負っている。今までのように剣を振るうことができるというわけではないはずだ」
 ようやく手紙から目を離したシオンは、二人の会話に割って入る。
「視界が遮られているせいで、敵に盲点を突かれる可能性も否定できない。わたしも四年前、病で右目が一時的に見えなくなって眼帯を付けたままパンテオの民族紛争に参戦したが、そのせいで何度も死にかけたぞ」
「ご忠告ありがとう。だが……」
 「天使とか神仏でない限り、大丈夫!」と、王は白い歯を見せて笑った。
「このあほが。死んでも知らないからな」
 シオンは吐き捨てる。
「僕はしにましぇーん!」
 王のおどけた物言いに、シオンの中の殺意が増幅したが相手をするのもあほらしくなったので放っておいた。
「――ハインツ」
「はい」
「お前に王家の聖剣を貸す」
「おい待て! なぜわたしではなくハインツなんだ」
 シオンは声を荒げる。
「オレのほうが強いからじゃねーの?」
「おまえは片手用の剣しか使えないくせに」
「ツヴァイヘンダーもバスタードソードもクレイモアも使えるけど、使わないだけ」
「それは使えないのと同じだ」
「何だと!」
 シオンとハインツは睨みあい、互いの目から火花を散らす。
「聖剣はわたしが使う」
「だめだ」
 王ははっきりと言い放った。
「なぜ?」
 シオンは問う。
「なぜわたしが使ってはいけない? 先の天使との戦いでは使わせてくれただろ」
「あれはお前が勝手に使ったからだろ。俺はお前に聖剣の使用を認めていない」
「――それはわたしが生まれながらのソーラル人ではないからか?」
「違う」
 王はシオンのルビーの瞳を見据えた。ときおり見せる真剣なこの眼差しには気迫があり、怖いもの知らずのシオンもさすがに負けそうになる。
「あの剣はただの剣ではない」
「……それはわたしにもわかる。羽が生えたように軽く、とても扱いやすい」
「それだけではない。聖剣は本来、この俺も使うべきではない。俺が使うのも、シオンが使うのも宝の持ち腐れだ」
「どうしてオレなんですか?」
「別にハインツでなくてもいいんだがな。ルートやレオンが使ってもいい。だが普段鍛えていないあいつらには、剣そのものがうまく使えないだろう」
 確かに、とハインツは苦笑した。
「今のハインツには聖剣が役に立つはずだ。肌身離さず身につけておきなさい」
 「はい」と元気よく返事するハインツの隣で、シオンは「ハインツだけ特別かよ」と拗ねたように呟く。
「――王よ、わたしには何もないのか」
「シオンも何か欲しいのか」
 シオンが頷くと、王の顔はみるみるにやけ顔になっていく。隣で聞いているハインツもガキみたいだな、と思わず顔がほころんでしまった。
「なんだよ、おまえたち気持ち悪いぞ!」
「だってなぁ、ハインツ」
「そうですよね、陛下」
 顔を見合わせてにやける二人に、シオンは「このあほが」といつもの言葉を吐き捨てたが、顔が真っ赤だったせいで余計に笑われる羽目となった。
「あだっ!」
 シオンに蹴りを入れられ、王は椅子から転げ落ちた。
「乱暴だな。――わかった、シオンにも王家の宝の一つを貸そう」
 王は後頭部をさすりながら言った。
「本当か! 何だ? 弓か? 槍か?」
 不機嫌だったシオンの顔はいつのまにきらきら輝いている。相変わらず単純だな、ハインツは呆れ交じりに笑みが込み上げる。
「ついて来い」
 部屋を出る王のあとに、シオンとハインツは続いた。シオンの口から「ロングボウ、ハルバート、パルチザン」というおかしな歌が聞こえてきたが、ハインツは聞いていないふりをした。
 ハインツはこの城で暮らすようになってもう七年近くになるが、あまりにも広く部屋の数も多いため未だに城の細部まで把握できていない。いま歩いているところも、ハインツにはよくわからない。
「――ここだ」
 王は重厚な扉の前で立ち止まる。
「いかにもお宝が眠っていそうな扉ですね……」
 扉には双頭の狗、ケルベロスがモーチフの飾りがあしらわれている。ケルベロスは動くはずがないのに、ハインツは自分を威嚇しているように思えた。
「早く入れろ!」
 シオンはドアノブをぐいぐい引っ張るが、びくともしない。
「そう急かすな」
 王は苦笑しながら扉に向き直り、「我は日出づる国の王、宝を護りし番犬よ扉を開け」と呟くと扉はひとりでに開いた。
「すげー」
「王、なかなかやるな」
 頬を紅潮させ感心する二人に、王は「だろ?」とまんざらでもない様子だ。
「おぉー!」
「こらこらシオン、部屋の中で暴れるな」
 現王朝になってからありとあらゆる調度品が市井のものと大差ないものにすり替わったソーラル城だが、この部屋に限っては前王朝までの豪奢なそのまま雰囲気が残っている。広い床を敷き詰めるミンクの絨毯、大粒の宝石がちりばめられた宝剣、歴代の王家の肖像画、均整がとれた体躯をした裸男の彫刻――芸術的価値の有無をよく理解していないシオンとハインツにもそれらのレベルの高さは何となく理解できた。
「ここにあるものはソーラルの歴史とは切っては切り離せないものばかりだから、競売にかけずに残してあるんだ」
「博物館に寄贈しないのか? 展示したらみんな喜ぶぞ」
「――シオン、博物館を物置か何かと勘違いしていないか?」
 ハインツの指摘に「似たようなものだろ」とシオンは返す。
「こんなにすごいものを隠しているよりは、公開してみんなに見てもらったほうがお宝にとってもいいはずだ」
 お前、いつから宝の気持ちがわかるようになったんだよ、とハインツは心の中で突っ込みを入れた。
「確かに博物館に寄贈するのも悪くはないだろう。だが、そうなるとこの城にお宝がなくなる」
「防犯上そのほうがいいんじゃないでしょうか」
「まあな。だが、異国からの賓客が来た場合どうする?」
「どこもお宝を所有することで権力を誇示する国ばかりだからな。『おまえの国のお宝を見せてくれ』と言われたら見せてやれるようなモノを最低限用意している。そういうことか、王」
「シオンの頭の回転は相変わらず速いな」
 王は満足そうに頷いた。
「その通りだ。ソーラルが誇るトップクラスのお宝を厳選している」
「で、わたしにくれると言うお宝はどこだ? さっさと寄こせ」
 「貸すだけだと言ったはずだが」と、苦笑しながら王は窓辺の宝箱を開ける。
「何をくれるんだ? 弓か? 槍か?」
 だから借りるだけだろ、とハインツは再び心の中で突っ込みを入れた。
「あったあった」
 王は宝を手に取り、二人のほうに近寄る。
「これだ」
「……これか?」
「そうだ。綺麗だろ?」
「……これに殺傷能力があるのか?」
「んなものない、首飾りだからな」
 腑に落ちないといった表情で、シオンは王から手渡されたネックレスを受け取る。
「これは王家の姫君が身に着けるものだ。お前の髪や瞳と同じ、サファイアとルビーの首飾りだ。これほど大きな宝石はそうそうないぞ?」
「そういえば、姫が舞踏会のときにつけてましたよね。――よかったな、シオン。普通の女の子がこんなものを身に着けることはできないぜ」
 まるで自分のことのようにハインツはうれしそうな笑みを浮かべる。
「シオンなら、きっと似合うだろう。ライスター家の令嬢を出し抜いてやれ」
「…………王よ、騎士として城へ赴くのになぜ装飾品なのだ」
「なんだ、うれしくないのか?」
「わたしも武器がよかったのに」
 シオンは首飾りをぽいと宙に放り投げる。
「って、大事な宝物を粗末に扱う……なっ!」
 ハインツは滑り込みでなんとか首飾りをキャッチした。
「おいシオン、聞いてるのかよ!」
「わたしには必要ない。赤いカチューシャと、ハインツからもらった髪飾りだけでじゅうぶんだ。この首飾りをしていると肩が凝りそうだ、実用性の欠片もない」
 シオンは吐き捨ててつかつかと部屋を出て行く。
「待てよ!」
「ハインツ、追わなくていい」
 王はハインツを引き止めた。
「シオンはよほど聖剣がよかったようだな」
「陛下、シオンじゃなくってオレが聖剣を使うことに何か意味があるんですか?」
「それは使ってみてからのお楽しみだ!」と、王は白い歯を見せて笑った。
「それではお前には――この聖剣を託そう」
 ハインツは右手で聖剣を受け取った。柄の部分にルビーとサファイアの飾りがついている聖剣を間近で見るのは初めてだ。
「……綺麗」
 ハインツは思わず口に出した。
「肌身離さず身に着けておきなさい。饗宴のときも必ずだ」
「饗宴……パーティーのときもですか?」
「そうだ。これは護身用だ、お前やシオンだけでなくライスター家の者も守ってくれるはずだ」
 王はハインツの肩に手を置いた。
「みんなを守れよ」
「はい。――それにしても陛下」
「なんだ」
「なぜシオンには首飾りを?」
 首を傾げるハインツに、「シオンは喜んでくれると思ったんだがなー」と王は頭を掻きながら言った。
「あいつ、髪を伸ばしたりモニカの口紅を引いてみたり色気づくようになっただろ? だからこういうアクセサリーにも興味があると思ったのだが……。やはり実用的なものがよかったみたいだな」
「シオンなら絶対似合うのに」
「だよな」
 ハインツは左手に握られた首飾りを眺め、これをつけているシオンの姿を頭に思い浮かべた。脳内にシオンが鮮明に映ってからまた変なこと想像してしまった、とハインツは妄想上の彼女を必死に振り払った。

 シオンとハインツがすぐに旅立つと聞いて、モニカは着替え、燻製食品やドライフルーツなど保存の効く食料、水、現金、と必要なものを用意し大きなかばんに詰め込んでくれた。二人を見送ろうと城門前には騎士や魔道士、ルートヴィヒ王子、市民らが大勢詰めかけた。
「ありがとう、モニカ。助かったぜ」
 馬にまたがったハインツがモニカに礼を言った。
「どういたしまして。そんなことよりもハインツ、シオン」
「どうした?」
 もう一頭の馬にまたがるシオンが訊く。
モニカはほとんど息継ぎせずに「いい? 広いからって興奮してお城の中を走り回らないこと。豪華な調度品を見てもいちいち『すげー』とか言わないこと。フォークとナイフは外側から使うこと。あと、落としても拾っちゃダメよ。高級食材が入ってるからと言って、『こんなもの食べるの生まれて初めてだ』とか貧乏人丸出しのコメントは一切控えること」とフェーエンベルガー城へ行く際の注意点を並べた。
「なんだよ、その遠足の諸注意みたいなのは」
 ハインツはうんざりしていることを示すため、あからさまにため息をついてみせたが「あんたたちが心配だから言ってるんでしょうが!」と一喝されてしまった。
「大抵の騎士は貴族出身者だから、礼儀作法がきっちりしているんだけどあんたたちの場合は育ちが悪いから先方に失礼なことをしないか、あたしは心配なのよ!」
「……育ちが悪いのは否定できないよな」
「ああ」
 ハインツとシオンは納得したように頷いた。
「あー、あたしが代わりに行ってやりたいわ」
「モニカがいなくなったら、誰がご飯を作るの?」
「そんなの自分たちで作ればいいだけの話でしょ!」
 モニカの鋭く光る目に射られ、レオンハルトは怯む。
「とにかく、あなたたちは誇り高きソーラル騎士団の一員である以前に身分卑しき孤児であることを念頭において行動しなさい」
「自分が人からみなしごだって言われたら、かんかんに怒るくせに」
 ハインツが唇を尖らせ、ぼそっと呟いた。
「確かに」
 シオンもハインツにだけ聞こえるように応えた。
「シオン殿がいなくなるなんて、寂しくて耐えられません!」
 ルートヴィヒは馬に乗ったシオンを、神を見るような視線で仰ぐ。
「オレがいなくなるのは寂しくはないのかよ」
 ハインツは思わず声を落としたが、ルートヴィヒの耳には入っていないようだ。
「おいルートヴィヒ! オレが、いなくなるのは、寂しく、ねーのか!」
 やっと気づいたルートヴィヒは「ハインツとはずっと一緒ですから」と言った。
いやいや、シオンともずっと一緒だろーが、とハインツは心の中で突っ込んだ。
「ハインツ、シオン殿に手を出したらボクが許しませんよ」
「……?」
 眉根を寄せるハインツから察するに、ルートヴィヒが言っていることを理解できていないようである。大丈夫、ハインツは何もわかっていないから、とモニカはシオンのことで無駄に熱くなるルートヴィヒを一瞥した。
「どうかご無事で」
 不安げに見つめるルートヴィヒとは真逆に、シオンは声をあげて豪快に笑った。
「王子よ、心配しなくてもわたしたちは必ず帰ってくる」
 馬から見下ろす彼女の凛々しい表情に、ルートヴィヒの左胸は跳ねる。
「しばらく剣の稽古はつけてやれないが、日々練習を怠らないようにな」
「はい! シオン殿が帰ってくるまでには、フルーレをうまく扱えるようにがんばります!」
「そうか。がんばれよ」
 シオンはルビーの双眸を細めた。
「そろそろ行くぞ、ハインツ」
「おう!」
 二人は馬を前進させる。
「行ってらっしゃい」
「おいしいご馳走を食べたら、舌でその味をよーく覚えといてね!」
「お土産楽しみにしているから」
 大勢の声援を背に、シオンとハインツのフェーエンベルガー城までの長い旅路がはじまった。

『天命を絶つ』番外編『赤いカチューシャ』

位置づけとしては本編の数か月後のお話です。
続きからご覧くださいまし。

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プロフィール

板東ひかり

Author:板東ひかり
平成生まれの、作家志望女子のブログです!
このブログは私の自作ドレス・ブックレビュー・ポケモン話の3本柱でやってま~す。
現在大絶賛就活中。
不景気は厳しいです。

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