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『天命を絶つ』番外編『赤いカチューシャ』

位置づけとしては本編の数か月後のお話です。
続きからご覧くださいまし。
 ルームメイトのモニカは毎日鏡を見るのを欠かせない。一日にして平均二時間は、鏡の中の自分と睨めっこしているようにシオンは思う。
 あることがきっかけで今では鏡を見ることに多少は抵抗を感じなくなったシオンだが、それでも自ら進んで鏡を見ようとはしない。
 モニカは鏡を見ているとき、料理をしているときと同じくらいとても楽しそうである。ソーラルの流行りの歌を歌いながら、鏡を覗いていることだってある。だが最近は、シオンもほんの少しだけ興味がないわけでもなかったりする。
「楽しいか?」
 シオンはいつものように鏡の前で笑顔をつくるモニカにたずねた。
「何が?」と、訊き返すモニカはやはり楽しそうに見える。
「――あの中の自分を着飾ること」
 ぶっきらぼうに言うシオンに、モニカは「ああ」と合点がいった。
「楽しいわよ。こういうお洒落って、若いときにしかできないじゃない? 三十代になって、頭のてっぺんにリボンつけてる人とかいないもの」
 巻き上げた栗色の髪を真っ黒なリボンでまとめながらモニカは答える。
「今できるお洒落を思う存分にしなくっちゃ!」
「わたしにもできるか?」
「え?」
 モニカは目をぱちくりさせた。
「わたしも、モニカの同じ髪の毛にできるか?」
 毎度のことだが、シオンの願望を主張するときのぎこちない言い方にモニカはくすりと笑った。
「そうねぇ。確かに髪は長くなったけど、それでも巻くにはちょっと……。――そうだ!」
 モニカは鏡台の引出しから真っ赤な何かを取り出した。
「これ付けてみてよ」
「いてっ、何すんだよ!」
「いい子だから我慢しなさい」
 シオンは頭の上に赤いU字型の物体をかぶせられた。
「うん。その瞳の色と制服が同じ色だから、似合ってるわね!」
 モニカは満足そうに笑う。
「ほら。シオンも鏡、見てみなさいよ!」
 モニカに言われるがままにシオンは鏡の中の自分と対面した。
 虚像の自分は頭部に鮮やかな赤一色の髪飾りのようなものを付けていた。
 特にこれといった飾りは付いていないが、いつもルートヴィヒ王子が言う「あくせんと」になっているのだろうか。
「このカチューシャならシオンにぴったりだと思ったの」
 なるほど、カチューシャというのか。
「カワイイかなと思って昔買ったんだけど、巫女が赤を身に着けるのもどうかな~って思って使ったことがなかったのよ。でもシオンにぴったりだから、あげるわ」
「いいのか」
「ええ」
 モニカは快く言った。
 シオンは無言のまま虚像の世界に吸い込まれていた。あいつなら、このカチューシャのことをなんて言ってくれるだろうか? サファイアの髪を飾った自分を見て、笑ってくれるだろうか?
「もうそろそろ訓練の時間でしょ。騎士サマたちに美しくなった乙女の姿を見せてやりなさい」
「わたしは守られるだけの侍女とは違う。でも、髪が揺れて邪魔にならないからつけたままにしておく。じゃあな」
 シオンがいなくなってから、相変わらず素直じゃないな~とモニカは可笑しくなった。
「さーて、今日はグリーン系でメイクしようっと」
 モニカはさっきカチューシャを取り出したのとは別の引出しから、緑色のアイシャドウを手に取った。

 予想通り部屋を出るなり、周囲の自分への視線がいつもとは少し違っていた。
 頭の色が目立ちすぎるせいか、昔からどこを歩いていてもシオンはいろんな人間からじろじろ見られてしまう。しかし今回はそれにも増した好奇の視線が集中している。今までヘアアクセサリーの類をつけることがなかったのに、今日の自分はつけているからかもしれない。
 半年前ほど前はこういった視線が大嫌いだったが、いまはそれほどでもない。
 シオンの胸は心なしか高鳴った。はやくあいつの顔を一目見たい。
「よっ、シオン! ……んんん? あれ? いつもと雰囲気違うなぁ」
 訓練場に着くなり、グンテルが言った。
「まあな」
 シオンは照れながらも短く返事する。
「シオンも、ほかの乙女ちゃん達みたくもっと着飾ってもいいと思う」
「着飾りすぎると動きにくくて戦えないだろう」
 シオンの騎士らしい正論にグンテルが言葉を詰まらせたのは一瞬だった。
「いやいや、こういう髪飾りくらいは邪魔にならない程度ならいいだろ。お前はソーラルの騎士とはいえ、女の子なんだから」
「そうか?」
 ほっぺたを少し赤くして訊くシオンは、いつ見てもかわいらしい。自分たちを指揮しながら何百もの人間の返り血を浴びようとも、グンテルたちソーラル騎士団にとっては妹のような存在だ。
「女だと低く見られるのは嫌だが、わたし自身が女なのは揺るぎない事実だからまぁしょうがない」
 シオンは女性ながらほかの騎士たちと対等の扱いを受けているので、女だと言われてもソーラル王国においては反発しない。
「グンテル、ハインツはどこだ?」
「ハインツ? あいつは午後からだと思うけど」
 ということは、ハインツに会えるのは正午の昼食の時間だろうか。それまであと三時間もある。
「集まったかー? それじゃあ始めるぞー。……あれ? 今日のシオンは様子違うなー」
 シオンたち騎士団の長の掛け声とともに午前の訓練がはじまった。シオンにとって、この三時間はとても長く感じられ、身が入らなかった。もっとも、身が入らなくても団長を含め騎士団員はすべて瞬殺できるのだが。

 お腹がぺこぺこになり、シオンは食堂になだれ込んだ。
「寒い中お疲れ様。じゃがいもたっぷりのクリームシチュー、身体があったまるわよ」
 モニカはシオンの目の前にクリームシチューを置いた。
 あつあつのシチューは、一口食べるだけで体の芯にまで、じんときた。
「作りすぎちゃったから、夕飯も残りだけど」
 全然それで構わなかった。こんなおいしいものが何倍でも食べられるなら、シオンはいくらでもおかわりするつもりだ。
 そもそも、宮廷料理人が前の残りを次の食事に出すのはまずないはずなのだが、ここはソーラル。庶民的な感覚が王族にまで浸透しているのだから仕方がない。
「ただいま」
「おかえりなさい。レオンくん、ルート」
 レオンハルトとルートヴィヒはシオンの近くに腰掛ける。
「それカチューシャ?」
 レオンハルトの声に反応し、シチューを頬張っていたシオンは顔をあげた。
「あたしがあげたの。どう? 似合っているでしょ」
 モニカは二人分のシチューをよそいながら言った。
「うん。黙っていたら、品のいいお嬢さんに見えなくもないかもね」
「じゃあ外す」
 シオンはカチューシャをぽい、と頭から外した。
「ごめん、怒らないでよ」
 謝るレオンハルトに、ふてくされたシオンは聞く耳も持たない。
「別に品のいいお嬢さんにならなくてもいい。わたしは騎士だ、誰かを守るのにわざわざ着飾る必要などない」
「でもね、シオン。騎士というものは猛々しく、気高く、そして美しくなきゃいけないの。このカチューシャで綺麗に見えるのなら、付けておいたほうが騎士的にもいいと思うんだけど――」
 シオンはすぐさまカチューシャをつけ直す。
 素直というか単純な子だなぁ、とモニカとレオンハルトはお互いの顔を見合わせた。
「真紅のカチューシャを付けたシオン殿を見ていると、ひとつ詩ができました!」
 ルートヴィヒの頭の中でなにかが閃いたらしく、碧い瞳はきらきらと輝いている。彼は少しというか、かなり興奮気味で一篇の詩を詠みあげる。
「赤、それは我らがソーラルの旗の色
 赤、それは我らがソーラルの騎士の色
 赤、それは我らがソーラルの生きた宝石シオン殿の瞳の色

 それすなわち、シオン殿の瞳はソーラルの旗と騎士と同じ色
 シオン殿は我らの宝そのもの
 我らを大きく包み込むレーダ海のような髪を飾る赤いカチューシャは
 炎のように輝く瞳をより赤く、より美しく際立たせる
 嗚呼シオン殿、我らをその海で包み込みその炎で温めてください」
 ルートヴィヒ渾身の新作を聞き終えたあと、モニカとレオンハルトは気まずそうに再びお互いの顔を見合わせた。というのも、これはほとんど求愛の詩であるためである。
 詩や小説、戯曲などの発達しているサニエット語圏では、文学において「包み込む」という単語はそのまま「抱きしめる」つまり愛情表現としての抱擁の意味と読み替えられる。「温める」も同様に、人肌の温もりから「愛」や「恋」を連想させる動詞になる。
 ルートヴィヒがシオンのことを恋慕しているのは、恋愛というものに疎すぎるハインツと好かれている当の本人のシオン以外から見れば誰の目からも明らかであるが、ここまでストレートに表現するとは、とモニカとレオンハルトの度肝を抜いた。
 しかし何が何だかわからず、きょとんとしていているシオンを見る限りルートヴィヒの熱い想いは届いていないようだった。それもそのはず。シオンは流暢にサニエット語を話しているが、詩に使うような独特の文法や発音などはさっぱりなのである。外国人特有のおかしな訛りなどもなく、あまりにも普通に会話をしているためシオンがサニエット民族ではないことをみんな忘れてしまっていた。
 誰かに詩を贈るとき、贈られた側はそれに返答する詩を返さなければならないのがサニエット語圏のルールであるが、そんなことを知らないシオンは目をぱちくりとしているだけだった。
「ルート、この子は詩のシステムをよくわかってないんだから返事を求めちゃダメよ」
 モニカが助け舟を出すと、ルートヴィヒは「では次こそよい返事をいただけるように、もっといい詩を書こうと思います!」と碧い瞳を輝かせて言った。
 やっぱり告白のつもりだったのか、とモニカとレオンハルトは呆れ半分にため息をついた。
「なぁ、ハインツは?」
「ハインツ? あいつは今日一日中、国王陛下の警護だよ」
 シオンは首を傾げた。
「急にウーテ大公がお見えになってね、護衛にハインツを付けたんだよ」
「ウーテもサニエット民族の国家なのか?」
 この質問にはレオンハルトではなく、モニカが「そういうことになるわね」と答えた。
「ソーラルがブルゴンティア朝時代、バルテン公爵に領地を貸し与えたのが現在のウーテ公国よ」
「そうか……。で、ハインツはいつ仕事を終えるんだ?」
「シオン殿、なぜハインツのことが気になるんで……」
「ルートは黙っときなさい!」
 モニカに噛みつかれ、ルートヴィヒは塩をかけられた青菜のように縮こまった。
「たぶん夜遅くなるんじゃないかしら」
 モニカはスマイルで答える。
「――くそっ、なぜ警護の役をわたしではなくハインツなんだよ! なぜ今日大公が来るんだよ!」
「モノに当たるのはやめなさい!」
 テーブルの脚を蹴るシオンをモニカは諌める。
「まったく、二度と会えないわけじゃないんだし、話したいことがあるなら明日でもいいんじゃないの?」
 モニカは、シオンがなぜハインツに今すぐ会いたいのかなんとなくわかっていたが敢えてこう言ってみた。
「……今日会わなきゃ意味がない」
 シオンは低い声で呟く。
 ふてくされるシオンを見て、赤いカチューシャなんかいつでも見せることができるのに、とモニカは苦笑した。

「よぉシオン! おおっ、この赤いカチュー……あだっ」
 珍しく正装のソーラル王が近寄って来るなり、シオンは顔面にパンチをお見舞いした。
「いだっ! どうしたんだ? 今日は愛情表現が過ぎ……ううっ」
「なぜハインツを護衛に付けてるんだよ! つうかおまえ、なんでぶらぶらしてるんだよ!」
「ちょっと、気分転換にな」
 王は鼻をさすりながら言った。
「職務放棄かよ! おまえを護衛しているハインツはどこなんだよ!」
「ハインツを探しているのか?」
 シオンは頷いた。
「このカチューシャを見せたいからか?」
 シオンはもう一度頷いた。ルビーの瞳は期待と不安が入り混じっている。
「そうかぁ。でもな、シオン。ハインツはウーテ大公とふたりきりで話をしているよ」
「なにを?」
 シオンはすかさずたずねる。
「大公は『乙女騎士物語』の作者としても有名だからな。ハインツは大公にいろいろと訊いているみたいだ」
 もしかしてハインツは自ら進んで王の護衛を務めると言ったんだな、と考えただけでシオンは腹立たしくなった。
「あの作品はエルも大好きなんだが、作者が城にやってきたと聞いたらなんと言うだろうか……」
 『乙女騎士物語』はサニエット語圏では知らない人のいない大ベストセラー小説で、さまざまな言語で翻訳されている。主人公のマルガレーテ王女がランス一本で迫りくる大国に立ち向かうという話を、シオンはハインツから耳にタコができるほど聞いてはいたが文字が読めないから興味を抱くことはなかった。
「そうだ、シオン。お前も大公に会って来い」
「は?」
「シオンも物語のマルガレーテと同じ、女性騎士だ。本物の女性騎士に会うと大公もさぞお喜びになるだろう」
 王はにっこり笑う。
「だが、わたしはどんな話か知らないぞ。……って、おい!」
「行くぞ!」
 王はシオンの手を引っ張って、大公とハインツのいる応接室へと連れて行く。
「ほら、入れよ」
 王に背中を押され、シオンは恐る恐る扉を開ける。
「あ、あの……」
 扉が開かれるとともに聞こえる少女の声に反応して、ハインツと大公が振り返った。
「彼女……ですか?」
 三十代半ばの女性は扉の脇に立っている、サファイアの髪にルビーの瞳を持つ少女に視線を移した。雌豹を彷彿とさせるしなやかな肢体で、目の前にいる少年と似ているが少し違ったデザインの赤い服を身に纏っている。背中にはツヴァイヘンダーを背負っていることから、本当に騎士なのだろう。
「シオン、お前もこっちに来いよ!」
 ハインツは自分の隣のソファに座るよう促す。
 なんでこんなところにいるんだ! と、後頭部を蹴りたいシオンの衝動は彼の声ですっかり頭の中から消え去った。シオンは言われるがまま、ハインツの隣にちょこんと座った。
「――あなた、シオンっていうのですか?」
 シオンは凛とした表情で頷いた。
「文学的な名前ですね。名乗り遅れました。私、ウーテ公国大公で作家のルーラといいます」
 女性が言った。
「おまえが大公?」
 シオンは思わず声をあげた。
「こら、来客に失礼だろ!」
「だ、だがハインツ。国家元首にしてはおっとりしすぎているだろ」
 ふたりのやりとりに、大公はくすくすと笑いはじめる。
「あなたたち、仲がいいのですね」
「まあな、こいつはわたしの名付け親だ」
「シオンちゃんに素敵な名前を付けたのは、ハインツ君だったのね」
 大公は楽しそうに目を細める。
「あ、でもみんな『単純だ』とか『そのまんま』だって言うんですよ」
 ハインツは拗ねたように言う。
「それほど彼女の容姿が印象的だから、シオンってお名前をお付けになったんですよね」
「……ソーラルでわたしよりもよい名前の人間はいない」
「私もそう思いますわ」
 大公は微笑んだ。
「『乙女騎士』だなんて、私の想像の中だけだと思っていましたがまさか本物が目の前に現れるとは夢にも思いませんでしたわ! いろいろとお話を聞かせていただけませんか」
 シオンの手を握って目をきらきらと輝かせる大公は、周囲の人間に対しフレンドリーであるという点においてはソーラル王に似ていると思った。
ウーテは民族、言語、通貨など文化のほとんどを共有している。両国間の共通点はルーナット帝国以上に多いものであり、話は弾んだ。ソーラルにやって来て一年にも満たないシオンは、まだまだわからないことが多いが大公もハインツも話をシオンに合わせてくれた。大公は国家元首なのにもかかわらずフレンドリーであるという点においては、ソーラル王によく似ているとシオンは思った。
隣では羨望の眼差しでハインツが話を聞いている。
剣以外のことに夢中になるハインツを見るのは、シオンにとっては新鮮だった。
毎日のように一緒にいるのに、実は彼のことをあまり知らないのかもしれない。

「今日は楽しかったぁ」
夜が更け、大好きな物語の原作者とのやりとりを思い出しハインツは、にやけ顔を隠せなかった。
「姫、絶対羨ましがるぞ」
 ハインツは自分と姫、二人分のサイン色紙を胸に抱きしめながら言った。
「よかったな」
「ああ!」
「ハインツは本当にあの話が好きなんだな」
 ハインツはうれしそうに笑った。
「シオンも読めばいいのに。オレ、全冊持ってるぜ」
「……わたしは文字が読めないから」
「そんなの覚えりゃいいだけの話だろ。それに、文字覚えないとこれから文書書いたりするときにどうするんだよ」
「確かに」
 シオンは夜空に架かる三日月を仰ぎ見た。
「『乙女騎士物語』の面白さは読まなきゃわかんない。文字覚えるだけの価値はあるって! オレが教えてやるからさ」
「――じゃあ、わたしも文字を覚えて読もうかな。教えてくれるか?」
「おう!」
「礼を言う」
 シオンはふわりと微笑んだ。
「シオン」
「ん?」
「そのカチューシャ、モニカから借りたのか?」
 ハインツの問いに、思い出したようにシオンは目を見開いた。すっかり自分が頭にカチューシャを付けていることも、これを見てほしいがためにずっとハインツを探していたこともすっかり忘れていた。
「これか? 巫女に赤はどうか、とかでわたしにくれた」
「そっか」
 シオンは弱々しい声音で、「おかしいか?」とたずねた。不安そうにハインツの顔色を窺っている。
「わたしもモニカみたいにやってみた。モニカ、いつも髪の毛を結ったり巻いたりしているから」
「髪、伸ばしたいのか?」
 シオンはこくりと頷いた。
「モニカを見ていると、なんか楽しそうだから」
「長いのも似合ってるからいいんじゃないか」
 シオンは満面の笑みを浮かべた。
「毎日付けてもいいか?」
「オレに聞くなよ」
 ハインツは苦笑する。
「気に入ってるんだな、それ。でもこればっかりじゃ飽きるだろうから、ほかの髪飾りも買ってやるよ」
「いや、これでじゅうぶんだ!」
 シオンはカチューシャを抑えながら言う。
「遠慮しなくても、お前にメシ一回おごるよりはずっと安いから」
 食べ物のほうがいいのにな、と彼女の脳裏に言葉が浮かんだ。
「また来週にでも王都に遊びに行こうぜ。オレもそろそろ普段着を新調したいし。袖が短くなって、つんつるてんなんだよ」
「確かにおまえ、わたしを見下ろすようになったよな。なんか癪に障る」
「背が伸びたんだもん、仕方ねーだろ」
 シオンは声をあげてけらけら笑った。
「ハインツは男だから、まだ成長が止まってないようだな」
「おう、女の子と同じ目線とか嫌だからな!」
 ただでさえシオンは背が高いし、みんなが振り返るほど美人だしとハインツは言いかけたが喉の奥で引っ込めた。
「ハインツ」
「なに?」
「おまえ、あの本以外に何が好きなんだ?」
 あまりにも唐突で抽象的すぎる質問に、ハインツの言葉は詰まった。
「ハインツが好きなもの、わたしも好きになりたい」
 自分の願望を言うとき、いつも表情が強張ってしまうが今では自然に穏やかな笑みを浮かべることができる。
「友のことを知りたい。わたしはおまえのことを知っているようで知らない」
 ハインツは思わず笑ってしまった。
「オレもシオンが何を好きかとか、さすがに全部わかんねぇって」
「わたしか? 食い物と、骨のある敵と、ゼーハアスだ」
 シオンは胸を張って堂々と言う。
 もうお金は好きなものリストから消えたのか、とハインツは屈託のない笑顔を見せるようになったシオンを一瞥する。
「シオン、王都に行く度に毎回ゼーハアスと戯れてるもんな」
「いつか丸焼きを食ってやるんだ」
「……まだ食うの、諦めてなかったのかよ」
「ハインツは気にならないのかよ。兎の味がするか、魚の味がするか」
 またその話かよ、とハインツは困ったように笑った。
「で、ハインツは何が好きか?」
「うーん……急に言われてもなぁ。――読書とか、絵画とか戯曲もけっこう好きだけど」
「情趣とか風情を理解できなさそうなおまえが、意外だな」
「一番理解できていないお前が言うな!」
 シオンは額を小突かれたが、けらけら笑っている。
「そうだ! 今度王都行くついでに、美術館にも行かないか?」
 ルビーの瞳を輝かせ、シオンは二度頷いた。
「よし、決まり! 来週が楽しみだな」
 歯を見せて無邪気に笑うハインツに、シオンは「そうだな!」と笑顔で応えた。
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板東ひかり

Author:板東ひかり
平成生まれの、作家志望女子のブログです!
このブログは私の自作ドレス・ブックレビュー・ポケモン話の3本柱でやってま~す。
現在大絶賛就活中。
不景気は厳しいです。

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