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Bloody xxx Strawberry 第二話 The animals can speak .

 粉雪が舞い散る冬空のなかシオンとハインツは馬を駆って遥か北東のフェーエンベルガー城へと向かっていた。王都を出て数時間、集落らしきものはなく針葉樹林が生い茂る森と間を流れる雄大な川しか視界には映らない。
 シオンは退屈そうにハインツに話しかける。
「ハインツ、フェーエンベルガー城はまだか」
「まだに決まってるだろ」
「あとどれくらいかかる?」
「十日はかかるんじゃねーか」
「十日?」
 シオンは呆れたように訊き返す。
「十日も馬にまたがるだけの退屈な旅を続けろというのか! 魔法で一瞬のうちに城まで行けないのか?」
「確かにできなくはないけど……、瞬間移動魔法が使える国家魔道士は一人だけだから」
「じゃあそいつに頼めばいいだけの話だろ!」
「残念ながらその魔道士はいま、育児休暇中らしくて」
 ハインツはため息をついた。
「オレもできることなら瞬間移動したかったよ。――だって」
 ハインツの乗る黒馬――ベートーベンは、彼の言うことをまったく聞かない。違う方向に曲がるし、爆走するし、止まれと言っても止まらない。手綱はあってないようなものだ。
「おい、ベートーベン! なんで急に止まるんだよ!」
 何度ベートーベンの身体に鞭打っても、そっぽを向いて鼻で嗤っているだけだ。
「ハインツ?」
 シオンが振り返ると、ハインツは言うことを聞かない馬相手に悪戦苦闘している。
「ベートーベン、疲れたのか? ――そうだな。何時間も走りっぱなしだったからな」
 シオンは白馬のモーツァルトから飛び降り、ハインツに向き直った。
「ハインツ、こいつはもう休みたいようだ」
 ハインツはきょとんとしたままだった。
「わたしたちも食事にしよう」
「シオン」
「なんだ?」
「お前……馬と話せるのか?」
 ハインツがあまりにも真顔でそう尋ねたために、シオンは大声でけらけらと笑いはじめた。
「何が面白いんだよ!」
 頬を膨らませて怒るハインツが、シオンには余計におかしく感じられた。
「いくらこのわたしでも獣の言葉を理解できないぞ! こいつの顔を見て、なんとなくそう思っただけだ」と言いながら、シオンはベートーベンの首を撫でる。ベートーベンは気持ちよさそうに大きな両目を閉じている。
「なんとなく、か……」
「人間は見せかけの表情や言葉で嘘を平気につく。それは本当なのか、偽りなのか判断できないことのほうが多い」
 これにはハインツも同感だった。自分も子ども時代に多くの人間に騙されてきたため、彼女の気持ちはよくわかる。
「だが獣は違う。獣は単純な生き物だ、本能のみで生きているからな」
「わたしも人ではなく、獣として生まれたかった」と、シオンは口から零した。
「シオンは人間だからいいんだよ」
「は?」
 ルビーの目を丸くするシオンに、「シオンがもしも人間じゃなかったら、言葉が通じねぇだろ」とハインツは言った。
 ハインツは真摯な表情を向けられ、シオンは息を飲んだ。
「確かに人間は上辺だけの言葉や表情を作ることもあるけど、それでも言葉じゃないと正確な意思疎通はできない。大体なんか嫌だ、お前のことちゃんとわかっときたいから」
 ハインツが言い終えると同時に、シオンは僅かに口元を緩めた。
「おまえはわたしのことを誰よりも理解できているだろうに、これ以上何を知りたい?」
「できてないから言ってるんだろーが」
 ハインツの顔が真っ赤になっていることに当の本人もシオンも気づかなかったのは、日が傾いていたためである。
 シオンとハインツは焚火のために乾いた枝を探したが、生憎の雪のせいでどれもこれも水分を含んでいた。ソーラルの冬は厳しいので冬場の最高気温でも氷点下になることが多い。夜から朝方にかけて気温はさらに下がる。
「去年の夏はあれほど暑かったのに、まるで嘘のようだな」
 シオンはふと呟いた。昨年の夏、神仏は《天命を絶つ者》のシオンをソーラルに置くとひどいことになるぞ、という見せしめのためにソーラル全土を灼熱地獄にして大勢の国民を苦しめた。優秀な国家魔道士たちの手によって人工の雨を降らせることに成功したものの、今度は天使の干渉のせいで半月以上も止むことはなく水害で猛暑のときよりもさらに多くの国民が命を落とし、農作物のほとんどを無駄にした。
 国家それ自体が神に与えられた天命を絶ち切ると宣言し、数多くの代償を払って天使を殺したことで事態は一応の収拾を見せたがそれでも完全に解決したわけではない。いつかまた、神仏の類がソーラルを潰しにかかる可能性も否定できない。いや、近い将来神仏が自ら舵を切ったソーラルを必ず潰しに来ると考えたほうがよいかもしれない。
「全てを焼き尽くせ」
 ハインツが呟くと、シオンの冷えた身体は指の先までじんわり温まっていく。
「ありがとう。――それにしても」
「ん?」
「おまえのその呪文みたいなの、『焦がせ』だの『焼き尽くせ』だの言ってるわりにはしょぼいよな」
「うるさい!」
 ハインツは噛みついた。
「あまり言うならもうお前には使ってやらねーぞ」
「別におまえの魔法がしょぼいと言っているわけではない」
 励ますつもりでシオンは言ったつもりだったが、逆効果だった。ハインツの胸に突き刺さり、狼狽えた様子である。シオンは慌てて「お、おまえの魔法には助かっている! げ……現におまえの魔法がソーラルを救ったではないか! レオンが言っていたぞ。『ハインツが本気を出せば大魔道士にもなれるほどの才能がある』と」と、フォローを入れた。
 だがその言葉はハインツを余計に滅入らせた。
「確かに本気を出して何か月も魔法の勉強をやってるけど、――まったく身になってねぇ」
 ハインツはぼそりと呟く。
「なぜだ? モニカにでも惚れたのか?」
「んなわけねぇだろ! 小難しい理論やら長ったらしい詠唱文がまったく頭に入んねーんだよっ!」
 ハインツが突然発狂したので、シオンは拍子抜けしてしまった。
「どいつもこいつも『覚えろ』だの『やる気を出せ』だの言うけど、難しいんだよ! 覚えたところで今度は発音だ。古代ルーン語なんか発音できるわけねぇだろ!」
「落ち着けハインツ、これでも食え」
 シオンはカバンの中からソーセージを取り出し、ハインツに差し出した。ソーセージを受け取るとハインツは無言でかぶりつく。見るからに、かなり機嫌が悪そうだ。シオンも自分の分を取り出し、ひと口かじった。ソーセージはすっかり冷え切っており、いつものように肉汁が溢れ出ることはなかった。
「――ハインツのお陰で温かいぞ」
 シオンは穏やかな視線をハインツに投げかけた。
「これがもしも一人旅だったなら、どうやって寒さを凌ごうか思案に暮れていたところだった。生憎、わたしには魔法は使えないからな」
 これがシオンなりの精一杯の褒め言葉であると受け止めると、ハインツの顔は自然とほころんだ。
「宮廷魔道士の一人が言っていた。『魔法は簡単に身に付くものではない』と。剣のように時間をかけて鍛錬するもののようだ。時間をじっくりかけてものにすればいい」
「……そうだな。そういえば、シオン。さっきからずっと気になってたことなんだけどさ」
「どうした?」
 ハインツは身体を傾けてシオンの背中を見やる。
「今日はツヴァイヘンダーじゃなくって、弓を持ってきたんだな」
「ああ、大ぶりの剣は重くて馬の負担になるからな」
 シオンは腰のベルトに括り付けられた小ぶりの弓をハインツに見せた。
「とにかく、今のわたしは射程距離が伸びた分、矢が尽きれば戦うことができなくなるからハインツよ、よろしく」
「何が『ハインツよ、よろしく』だよ! 矢を乱射することだけは絶対やめろよな!」
 「保証はできない」としれっとした表情で言うシオンに、ハインツはため息をついた。
「何事もなく無事にフェーエンベルガー城へ行ければいいけど」
 自分たちの食事を終えると、ハインツは川の氷を溶かし二頭の馬に飲ませた。相当喉が渇いていたらしく、目を見張る速さで一気に飲んだ。腹を壊さないように水を温めたハインツの配慮には、ベートーベンも多少は見直したようだ。飲み終わった後、ベートーベンはハインツに甘えだし、彼の顔を舐めまわした。

 夜空は依然として曇ったままだった。この雲からまた雪が落ちてくると思っただけで、シオンの身体にはハインツの魔法がかかっているはずなのに背筋が凍りつきそうになった。
「ハインツ、起きているか?」
 毛布にくるまったシオンが隣のハインツに声をかける。
「ん?」
 ハインツは振り返る。シオンは寝転がることはなく、木にもたれかかって座ったままの姿勢だ。
「横になれよ。それとも眠れないのか?」
「眠れないのは確かだが――横になると魔獣に襲われたときに対処しづらくなる」
 シオンは低く掠れた声で返す。
「狼一頭でもまともに相手できないだろうがな」
「お前の異常なまでの危機管理意識は健在だな」
 くっくっく、と喉を立てて笑うハインツに「笑いごとじゃすまないんだぞ。おまえののその暢気な態度のほうがおかしい」とシオンは反論する。
「ハインツ。おまえ、さっき獣が言葉を話せたらいいのにと言ったな?」
「ああ、言ったけど……」
「もしも人間の言葉が話せる獣が暮らす国があれば、おまえなら行ってみたいと思うか」
「そりゃ行ってみてぇよ。でもそんなおとぎ話みたいな国はあるわけねーだろ」
「実はあった」
 ハインツは「は?」と眉根を寄せた。
「猿や犬、鼠、馬、豚からペガサスやグリフォンのような魔獣、幻獣、聖獣に至るまですべての獣が人間の言葉を介する国にわたしは行ったことがある」
「マジかよ! そんな夢みたいな国がどこにあるんだよ!」
 ハインツは飛び起きて話に食いついた。
「北か? 南か? 西か? 東か?」
 ハインツのきらきら輝く目は、暗い闇夜の中でもよくわかった。
「オレもその国の動物に会ってみたい!」
「――ハインツ、確かにあの国の獣は人の言葉が話せるが、サニエット語ではなく奏語だ」
 シオンの冷静な一言にハインツは目を覚ました。
「あ……」
「それにあの国には人の言葉が話せる獣は、決して良いものではない」
 シオンは低い声で続ける。
「あの国の名前は――そう、アスランと呼ばれていたな。獣が人間と同じ文化を有し、労働や勉学に励んでいた。国家は三人の人間の兄弟が共同統治していた。
あの国に入ったとき、わたしは空腹で今にも死にそうだった。幸運なことに、そこは豊富な食料に恵まれていた」
「牛とか豚か?」
 ハインツの問いにシオンは無言で頷いた。
「屠畜……したのか」
 シオンはもう一度頷いた。
「丸々太った子豚だった。わたしは焼いて食おうとしているのに、向こうはわたしと遊んでくれるものだと信じて疑わなかった。剣を抜いたとき、さすがにわたしの思考がわかったらしい。最後まで『お願い、殺さないで。僕を食べないで』と、涙を流して命乞いをしていた。
 結局、わたしは子豚の声を無視して胴を叩き切った。子豚の断末魔はまるで人間のような、生々しいものだった」
「――で、食べたのか?」
「ああ」
 シオンは短く言った。
「丸焼きにした。脂身の多い柔らかい肉だった。いつもならおいしいと感じられるのに、あのときはあまりおいしいものだと思えなかった」
 ハインツは「そうか」と、相槌を打つことしかできなかった。動物が人間の言葉を話す国のイメージは、シオンが語る現実で一気にシビアなものへと変わった。しかしそれでも、ハインツはシオンの言葉に耳を傾ける。
「元傭兵のこのわたしには人間を殺すことに、もはや抵抗など感じない。向こうはどう足掻こうが泣き叫ぼうが、自分の中でシャットアウトできる」
「――だけど動物の場合は違ったんだな。それも、獲物の場合は」
「咀嚼する度に子豚の声が聞こえてくるような気がした。こっちは生きるためにやったことだ、といくら自分に言い聞かせても罪悪感は消えなかった。
 子豚が食われたと聞いて、今度は親豚や兄弟、親戚たちがわたしのもとへやって来た。やつらはわたしに憎しみと非難の表情を向け、こう言った。『なぜ子豚を殺したんだ? 牛や鳥もいただろうに、なぜよりにもよってうちの子を殺したんだ?』と」
 なんだか人間のようだな、とハインツは思った。ほとんどの場合、殺人事件の被害者の遺族は加害者に「なぜうちの子を殺したのですか」と訊く。特に被害者と加害者の間に面識がない場合は。うちの子の代わりに別の子が死ねばよかったのに、と書き綴った被害者の母親の手記をハインツは以前雑誌の記事で読んだことがある。
「わたしは腹が減っていたから、たまたま目の前にいた子豚を殺して食べただけだった」
「でも、生き物なんだから生き物の命をもらわないと生きていけないよな。子豚の家族には悪いけど、シオンが生きていくためには仕方がないことだったんじゃないか? 豚のほうも草とか藁とか、別の生き物の命を奪ってるだろうしその国のほかの動物もそうやって生き物の命で生きているんじゃねぇのか」
 「身勝手だけど、そうしなきゃ生きていけないんだ。生き物は」と、ハインツはシオンの頭にぽんと手を置く。
「お前は優しいな。ありがとう、ハインツ」
 シオンはうれしさと寒さで頬を染めながら言った。
「アスランの国の獣たちは、みな人の言葉を介する。種族は違うのに、一つの共同体を形成しているが食物連鎖もある。それだけに誰が殺したとか、殺されたという言葉が日常的に聞こえる、怨嗟と憎悪の渦巻いた空間だった」
「全然夢のような国じゃねーじゃん」
 これがハインツの率直な感想だった。
「もっと、こう……メルヘンな国を想像してた。ずぇったい行きたくない!」
 「それにしても」と、ハインツはシオンの名前を呼びかける。
「豚に面と向かって怨み言を言われたわりに、いつもよく平気で食ってるよな。オレなら絶対トラウマになるよ」
「確かにあれからしばらくの間、獣の肉を食べることに抵抗を感じることも多々あった。――だが好き嫌いなど言っていられない。そこに獣の肉しかないのならば、獣の肉を食べなければ飢えて死ぬだけだからな」
 「人間を殺すのにはまったく躊躇いなど感じないが、食べるために獣を絞めるのは今でも少し苦手だ」と、シオンは渋面を浮かべる。
「あー、寝る前にこわい話されたから眠れなくなった」
 ハインツは毛布を自分の身体に寄せる。
「それならもう少し私の話に付き合え」
 シオンのこわい話はもう少し続きそうだ、とハインツは今夜眠れないことを覚悟した。
「なぁ。アスランの国の話、全部過去形だけど今はもうないのか?」
「勘がいいな、ハインツ。そうだ」
 ハインツは恐る恐るシオンにたずねてみる。
「シオンが、滅ぼしたのか?」
 そうだ、と答えると思っていたがシオンはハインツの想像を裏切る返答をした。
「いや。三人の兄弟王も人間も獣も、アスラン人全員が自害した。わたしの目の前で」
 「そもそも弱肉強食の関係にある獣たちが手を取り合おうとして生きること自体、無理があったのかもしれない」と、シオンはまた語り始めた。
「わたしが訪れたころには、アスランの国家そのものが既に傾きつつあった。弱肉強食の関係にあるのに、国家は『みんな仲良く』ときれいごとを並べていた。肉食獣は肉、つまり獣を食べなければ生きていけない。虎は兎を友達としてではなく、餌としか考えることができない。理性で押さえつけることはできない、それが獣の本能だから。
 この実態を、王たちは見て見ぬふりをしていたらしく獣同士の怨嗟は長い年月をかけて徐々に増大していったようだ。食われる側の獣が隣国と密通し、アスランを滅ぼそうと画策した。
 やがて両者の間に戦争が始まった。人間のみの隣国軍と人間と武装した獣たちによるアスラン軍では、明らかに後者のほうが優勢かのように見えた。だが、アスランの獣たちの士気はそれほど高くはなかったから、アスラン領は次々と制圧されていった」
「で、負けが見えたから自害したのか」
 「にしてもおかしくないか?」と、ハインツは言った。
「アスラン人が全員自害だなんて。死ぬんだぜ? お前みたいにこわくなって、結局生き残ってしまうヤツも何人かいるだろ」
 シオンは別にこわくて泣いたわけではない、とそっぽを向いた。
「おいおい、そんなに怒ることもないだろ。お前が生きていてくれるから、今こうして一緒にいられるんだしさ」
 ハインツの声も表情も至って平静だったが、心の中ではって、おい! オレ、何言ってるんだよ。つうか、何が言いたいんだよ! と、じゅうぶん動揺していた。
「アスランの国の者たちはわたしのような臆病者ではなかったのかもな」
 シオンの言葉が自嘲のように聞こえ、ハインツは何か取り繕おうとしたが何を言おうとも墓穴を掘る結果になりそうだったのでこれ以上何も言えなかった。
 しかしシオンは別に気にしていなかったようで話を続ける。
「三人の兄弟王は、死はこわいものではない、と言った。また『この国は真のアスランの国ではない』とも。『この国は仮のアスランであり、真のアスランの国は死の先にある』と、全ての人間や獣たちに死が決して怖いものではないと言い聞かせ民へ総心中を呼びかけた。そして、国民全員による大規模な心中は実行された」
「ある意味こわいぞ、それ。王様を少しも疑うことはないのか? いくらなんでも信じすぎだろ。言ってることがおかしいって、ふつうわかるって」
「これが洗脳の恐ろしさだ」
 「……え?」と、ハインツは首を傾げる。
「アスランの民にとって、王は神のようなものだったのだろう。特定の宗教を熱心に信じる者にとっては、神の言葉は絶対だ。『あいつを殺せ』と言われれば殺すし、『死ね』と言われれば死ぬ――そういうものだ」
 ハインツは幼少期の大地震で家族全員を失い孤児になった日から、神に縋ろうと思わなくなった。モニカから神は実在することは聞かされており、その存在自体を否定したことはないが嫌いである。シオンが神々の予定調和を狂わせる《天命を絶つ者》であり、神がシオンを憎んでいると知ってから神への嫌悪感は今まで以上に激しいものとなっている。だからハインツには、神の言葉を強く、そして純粋に信じられる人の気持ちが理解できない。
「アスランの国を滅ぼしたのは、隣国軍ではなくアスランの国民自身だ」
「シオンはそのとき、隣国軍にいたのか?」
「いや、たまたまアスランに迷い込んだだけで、あくまでも傍観者に過ぎない」
「すごいものを見てたんだな」
 シオンはしれっとした様子で「まあな」と言った。
「馬が言葉を話せたら、手綱を引くのも少しは楽になるかなーって思ったけど、馬は馬のままでいいのかもな」
 ハインツは隣で丸まっている黒い馬の寝顔を見た。
「って、なんかどこかの寓話の教訓っぽいけど」と、ハインツは笑った。
「国家元首には国民が統治権を与えてやってるだけで、元首が民意に反した場合は権力を取り上げなければならない。だから国民は国家元首をやや批判的な目で見て、監視する必要がある」
「でもシオンの場合、国王陛下を暴行しているようにしか見えねーんだけど」
「ハインツも王の股間を蹴ってみるか? 顔が青くなって、悶えるんだぞ。あいつ」
 「蹴らない」と、ハインツはきっぱり断った。
「蹴られたら痛いんだぞ! お前、わかってるのか」
「わたしは女だからわからない」
 ハインツは大きなため息をついた。
「とにかく、陛下の股間を蹴るな! ほかの部分はどうしようとも構わねーけど」
 シオンは何も返さず、黙りこくっていた。ハインツはよし、少しは反省したようだな、と思った。しかし、自分の言ったことに後悔するのはそう遅くはなかった。
「……じゃあ、もう一個の目玉を抉り取る」
「だめ! 絶対だめ!」
「なぜ?」
「お前には倫理観ってものがねぇのかよ!」
「…………じゃあ訊くが、このわたしに倫理観の欠片が少しでもあるように見えるか?」
 ハインツはこれ以上何も言えなかった。
「ううっ、お前の過激な話を聞いてたら背筋が凍って眠れなくなった。……寒ぃ」
「あほか」
 シオンは吐き捨てる。
「シオンのせいだっつうの! ……おい」
 ハインツの身体に重いものが覆いかぶさる。
「シオン?」
 シオンはハインツの首に両腕を回し、無抵抗な彼を押し倒した。
 耳元ではシオンの規則正しい呼吸の音が聞こえる。ハインツの心拍数は上がり、どぎまぎしているのがシオンに伝わらないか不安になった。
「寒いんだろ? わたしの体温を分けてやる」
「おい! シオン、お前……自分がやってること、わかってるのか」
 より強く抱き締められ、ハインツの身体にシオンの丸い胸が当たる。
「こうしていると、少しは温かいだろ」
「返答になってないって!」
 前にシオンを抱き締めてやったことがあるが、今ほど動揺したことはなかった。自分からではなく、向こうから抱きついてきたからだろうか。
「年頃の女の子なんだから、少しは恥じらいとか見せろ!」
「意味が分からない」
 ハインツには『意味が分からない』というシオンの意味がわからなかった。シオンの腕の中でじたばた暴れるが、シオンの力はハインツよりも勝っているので抵抗できない。
「年頃の男子にこんなことをして、済むと思うなよ!」
「――『こんなこと』とはどういうことだ?」
 口で説明するのが恥ずかしかったので、ハインツは口をつぐんだ。それにシオンと寄り添っていると、確かに温かい。
「アスランの人たちの言う真のアスランって、天国のことかな?」
 ハインツはシオンの耳朶に声を落とす。
「さあな。天国や地獄が――死後の世界が本当にあるのか、わたしにはわからない」
「オレにもわかんねーよ」
 ハインツは楽しそうに笑う。
「でもオレたち、神に散々楯突いておまけに天使を殺したから行くとしたら地獄だろうな」
「だな。……でも」
 シオンは一度言葉を切ってから、ハインツの目を見て言った。
「別にこわくない。おまえも一緒だから」
 オレもこわくねぇよ、とハインツは言おうとしたがシオンは既に寝息を立てていた。いつも険しい表情を見せる彼女には少し不釣り合いな、穏やかな寝顔だった。
 ハインツは寝ているシオンの髪をそっと撫でた。まったく反応しないで気持ちよさそうに眠っているのが腹立たしくなった。
 ――いくら友達だからといって、少しは節度を持てよ!
 シオンの背中を抱き締めてみた。苦しくなって飛び起きればいいと思ったが、逆に自分自身の胸を苦しくするだけだった。
 ――ん? 寒空の中、友達同士が抱き合って寝るとかふつうするのか?
 レオンもルートヴィヒもヨハンもグンテルもするはずがない。モニカも絶対にしない。姫の場合は「ふしだらな! アタクシは一点の穢れなき高尚な乙女ですのよ!」と言うはずだ。
 ――あれ? じゃあ、これって恋人同士とかならすることか?
 でもハインツはほかの騎士たちや、好色のレオンとは違い恋とか恋愛の経験はない。そもそも元の身分が孤児で、金もなければ見とれられるほどの容姿もない。第一、表面ばかり着飾って自分のことを野良黒騎士などと陰で呼ぶような城の貴婦人と仲良くなりたいとは思わない。
 ――っていうかオレ、何考えてるんだよ! シオンは仲間で、ライバルで、友達だろ?なんか余計なこと考えてねぇか?
 頭の隅にぼんやり浮かぶ言葉を、ハインツは振り払おうとする。
 腕の中のシオンのことで様々な思考が堂々巡りになるが、解決の糸口は見つからず結局一睡もできないまま朝を迎えた。
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板東ひかり

Author:板東ひかり
平成生まれの、作家志望女子のブログです!
このブログは私の自作ドレス・ブックレビュー・ポケモン話の3本柱でやってま~す。
現在大絶賛就活中。
不景気は厳しいです。

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